りずろぐ。

ぬるくやわらかく

りずろぐ。

絵が描ける人は魔法使いだと思っていた頃のこと

 

子供の頃、絵を描くのが好きだった。

綺麗な風景、かわいい生き物、流行りの服に身を包んだ女の子。お絵描き帳はいつも私の好きなものたちで溢れていた。

 

ただ、残念なことに私には絵のセンスがなかった。

母親から「どうして下手なのに絵を描くの?」と聞かれたこともある。担任の先生に、描いたばかりの画用紙を水で洗い流されたこともある。

そのうち、私が絵を描くことはなくなった。

 

絵が上手な人に対する憧れはあった。

中学生のとき、同じ部活に所属していた男の子が、放課後に絵を描いてくれたことがあった。

私がとあるゲームのキャラクターが好きだと言ったら、彼は「こんな感じだっけ?」といって黒板にするするとそのキャラクターのイラストを描き始めた。

 

魔法だと思った。

いつも無機質な文字や数字が書かれている黒板に絵が白く浮き上がっていく光景は、本当に魔法だと思った。

すごいすごいと大はしゃぎする私に対して、彼は「こんなことで……」と苦笑いしていたけれど。

 

当時仲がよかった女の子も、とても絵が上手だった。

絵が好きで、いつも絵を描いている子だった。

 

休み時間や放課後に、私も一緒にたくさんイラストを描いた。

「描けないものってほとんどないよ」と豪語する通り、彼女の絵は何を描いても完璧だった。

対する私は何を描いても意図せず独創的な仕上がりになってしまい、それを見ては一緒に大笑いした。

 

絵を描いているときの彼女の目はいつも真剣だった。

同じノートに、同じシャーペンを使って描いているのに、どうしてここまで違うものが生まれるのだろう。

独特なペンの持ち方で器用に動く彼女の左手を、私はいつも不思議な気持ちで眺めていた。

 

その後、彼女とは別の高校に進んだ。

やがて高三になって、彼女から「絵の専門学校に進学することになった」と聞いたときは嬉しかった。

ずっと学校がしんどいと言っていた彼女。授業中にも絵を描いては怒られていた彼女。

やっと彼女は自分のやりたいこと、彼女にしかできないことだけに集中できるようになるんだ。

私は勝手に、彼女の将来が確約されたかのように思っていた。

 

だから、数年経って、彼女から「コールセンターに就職する」と聞いたときはショックだった。

どうして絵じゃないの? あんなに頑張っていたのに……

けれど「いろいろ応募とかはしたんだけどね」と言って目を逸らす彼女に、それ以上聞くことはできなかった。

 

悲しかった。残念だった。

同時に、でも仕方ないよな、とも思った。

 

その頃の私は、世の中には絵が上手な人がたくさんいることを知ってしまっていた。

pixivのようなサイトを覗けば美しい絵はゴロゴロと転がっていて、TwitterのようなSNSでは絵師として崇められている人が大勢いる。

 

絵が上手なのは特別なことではなかった。

魔法使いは、世の中に溢れるほど存在していた。

 

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就職してから数年経っても、彼女は忙しい合間を縫って絵を描き続けている。

時折見せてくれる彼女の絵は、相変わらずとても綺麗だ。

彼女の描く人物は老若男女問わず、どこか色気を纏っている。

 

彼女は時折手紙をくれる。

元は素っ気ない茶封筒の表面に、切り絵のような花の模様が描かれている。

あまりに緻密なそれはまるで印刷のように見えて、思わず光にかざしたり、指先でなぞったりしてしまうけれど、そこには確かに手描きの凹凸があって、これが人の手で生み出されたものだとわかる。

 

やっぱり、彼女は魔法使いなんだと思う。

 

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